転換性障害とは

 転換性障害は、葛藤やストレスといった心理的要因が、身体症状として身体の領域に転換されているという意味でこう呼ばれています。表現を変えると、身体には何の問題もないのに、随意運動機能や感覚機能に異常をきたす障害です。アメリカ精神医学会による「精神疾患の診断・統計マニュアルDSM-Ⅳ-TR」には、心の苦悩が身体の症状に表現されているという意味の「身体表現性障害」という診断があり、転換性障害はこの身体表現性障害の中に分類されています。
 随意運動機能とは、主に骨格筋という筋肉が担う運動で、その動きを自分の意思でコントロールすることができることをさします。随意運動機能の異常としては、身体の姿勢を保てなくなる、立てなくなる、歩けなくなる、声を出すことができなくなるなどの症状が含まれます。これに対して、筋肉には、手足などの筋肉である骨格筋のほかに、心臓の筋肉である心筋や胃腸の筋肉である平滑筋があります。心筋や平滑筋は自分の意思ではその動きをコントロールすることができません。そのため、これらの筋肉は不随意筋と呼ばれます。転換性障害は随意運動機能の異常ですので、不随意筋に異常をきたすことはありません。

 感覚機能とは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった五感を指します。これらの機能の異常としては、目が見えなくなる、耳が聞こえなくなる、においや味がわからなくなる、ものに触っても熱い冷たいがわからなくなるなどの症状が含まれます。

よく発症する年代

一般的に小児期後期(10歳)から成人期のはじめ(35歳)の年代に発症しやすいといわれています。また、女性のほうが男性よりも多いと考えられていますが、その比率は報告によって2対1から10対1までさまざまです。

症状

 随意運動機能の症状としては、手足が動かなくなる麻痺、身体の一部に力が入らなくなる部分的脱力、声が出なくなる失声、飲み込みができなくなる嚥下困難、尿が出なくなる排尿困難などがあります。また、けいれんやひきつけをおこすこともあります。
感覚機能の症状としては、ものが二重に見える、目が見えなくなるといった視覚異常のほか、耳が聞こえなくなる、においや味がわからない、ものに触れているのにその感覚がない、痛みを感じないなどがあります。

 こうした症状は、神経疾患と呼ばれる身体の病気でも認められるため、しっかり見分けることが重要です。「神経」という言葉は大きく分けて2つの意味に使用されます。一つは「神経が太い」とか「神経質」といった使い方で、このとき「神経」とは「心」を表しています。これに対して、神経疾患における「神経」とは、脳をはじめとして身体の中に網の目のように張り巡らされた身体の組織を指します。

 この神経組織には、いろいろな情報を伝達するという役割があります。指先の痛みは神経を通って脳に届き、私たちは痛みを感じます。また「目の前のコップをつかもう」という意思は信号となり、神経を通って手の筋肉に届き、実際にコップをつかむという動作になります。このような役割を担う神経組織が何らかの障害を受けると、感覚が失われたり筋肉が動かなくなったりするのです。

 転換性障害と神経疾患とを見分けるポイントとして次のようなことがあります。網の目のように張り巡らされた神経は、どの神経が身体のどの部分を担当しているかがわかっています。したがって、神経疾患においてどこかの神経が障害を受けるとその神経が担当している領域(支配領域といいます)に異常が出現します。これに対して、転換性障害の場合は神経支配領域に一致しない範囲に症状が出ることがあります。また、転換性障害の場合、症状に一貫性がないという特徴があります。診察場面では麻痺している手足が、患者さんの注意がほかに向いているときには、動くことがあるのです。

 一つ一つの症状はだいたい数週間程度で回復しますが、再発が多いというのが転換性障害の特徴の一つです。

原因

 はっきりとした原因はわかっていません。ただ、転換性障害のはじまりや悪化には、心の葛藤やストレスといった心理的な要因が関連していると考えられています。

 小さな子どもや知的障害をもつ人の場合、ストレスに対処する能力が低いため、葛藤やストレスにさらされたときに転換症状を呈しやすいと考えられます。
 また、症状があることで患者さんは何らかの利益を得ていることがあります。この状態は疾病利得と呼ばれ、たとえばやりたくないことや苦痛なことをやらずにすますことができる、人から心配されたり世話を焼かれたりすることができるなどがあります。転換性障害の場合、こうした疾病利得はあくまでも病気の結果であり、病気が長引くことに影響していることはあっても、病気の原因ではありません。その意味で、転換性障害における疾病利得は意図的ではありません。

 これに対して、こうした疾病利得を得ることを目的として患者さんが意図的にさまざまな症状を作り出すことがあり、この状態を詐病あるいは虚偽性障害といいます。これらの病気についての説明は「間違いやすい病気」の項で述べることにします。

治療と経過

 転換性障害を根本的に治療できる薬はなく、環境調整と精神療法が治療の主体となります。
 とはいっても、心の緊張をやわらげることで治療効果が高まることは期待できますから、抗不安薬を補助的に使うことが有効な場合があります。また、一見転換性障害のようにみえて、実際はその裏にうつ病が隠れていることもあります。その場合は抗うつ薬が効果を発揮します。

 治療の主体は環境調整と精神療法ですが、まずは患者さんが抱えている葛藤状況やストレス状況を明らかにし、その中で改善できるものを見つけ出し、環境調整を行うのがよいでしょう。小さな子どもや知的障害をもった人の場合は対処能力が低いため、環境調整が特に重要になります。患者さん自身の対処能力を高めるために、精神療法の専門家の協力を得て精神療法に取り組むことも有効です。ただし、この作業は一般に時間がかかりますので、そのことをよく理解しておくことが重要です。

家族や周囲の人の対処法

 はじめのうちは家族や周囲の人たちも心配して患者さんの世話を焼いたり面倒をみたりしますが、時間が経つにつれて、しばしば家族や周囲の人たちの心の中に「わざとやっているんじゃないか」とか「甘えているだけだ」といった批判的な気持ちが生まれてきます。しかし、患者さんはこうした批判的な気持ちに対して敏感で、そうした態度が患者さんの新たなストレス源となり、結局病気が長引いてしまう可能性があります。

 したがって、家族や周囲の人たちはこの病気の治療には時間がかかることが多いことを理解して、じっくり見守る態度が重要です。

間違いやすい病気

 すでに述べましたが、転換性障害と間違いやすい病気としては、神経疾患を含む身体疾患があります。一見転換性障害であるかのようにみえて、何年かして身体疾患が見つかるという場合もあります。ですから、まずは身体疾患がないかどうかしっかり検査をうけることが大切です。

 その一方で、自分は身体の病気なのだという考えにしがみついてしまい、精神科の適切な治療を受ける機会を逃してしまっているという場合も少なくありません。身体の主治医と精神科の主治医とで連携をとってもらいながら、治療を進めていくことが重要です。

 詐病とは、仕事をさぼるとか賠償金を得るといったはっきりした疾病利得のために、意図的に症状を大げさにいったり、時には嘘の症状を訴えたりする状態をいいます。刑罰を免れるためにわざと精神障害であるかのように振る舞ったり、交通事故の保険金を受け取りつづけるために症状がつづいているかのように振る舞ったりすることもあります。虚偽性障害も、詐病と同じように意図的に症状を作り出します。ただ、詐病と違って、虚偽性障害の場合は疾病利得がはっきりしません。虚偽性障害の患者さんの場合は、病人の役割を演じるというそのこと自体が目的で症状を作り出します。

白波瀬丈一郎.転換性障害 樋口輝彦・野村総一郎(編)
こころの医学事典 日本評論社 pp.173-176.